厨二コンサルによる随筆的ブログ

コンサルへ転職・就職を目指す皆様へ/思考力高度化と生産性向上を目指す皆様へ

自分の事、身体の事、キャリアの事、お金の事、人生で大切な事

自分の事

200×年、私は新卒で総合コンサルティングファームに入社した。私自身、絶対にコンサルタントになりたいとかのタイプでなかった。とてもミーハーな学生で、外資系、総合商社、マスコミぐらいしか就活せず、たまたまご縁のあった某ファームに入社した。

今から振り返ると、私が入社した時期は、コンサルティング業界全体がプロフェショナルファームから産業化としてのコンサルに移行した時期だと思う。私達の世代も、どのプロジェクトにアサインされ、誰から指導を受けたかにより、働き方等に関する考え方が違う。

私自身のコンサルキャリアは、短期ジョブを経験した後、ファーム内で誰からも注目されていないクライアントで本格的なキャリアをスタートした。このアサインが私の今後のキャリアに大きく影響する。
そのプロジェクトは10名程度のプロジェクトだったが、半分以上がマネジャー以上という歪な体制だった。私自身も1年目からシニアマネジャーの直下だった。右も左も分からない真っ白な状態な私に、良くも悪くもプロフェショナルイズムみたいなものが叩き込まれた。
このプロジェクトは数年をかけ、業務・ITコンサルから大規模システム導入、アウトソーシング等に拡大していき、私自身も総合コンサルのフルサービスラインを経験できた。

その後、プロジェクトマネジャーとして20名程度規模の案件や、デジタルコンサルの走りみたいな案件を経験した。気付いたら、自分は30歳になっていた。
この当時、同じような事を数年繰り返し、運などもあればパートナーになれるだろうなというファーム内でのキャリアが見えていた事もあり、転職活動を開始した。
ちょうど社内で嫌な事もあったりして、結局、一番、得体が知れないが、響きが華やかなそうな“M&A”の業界に飛び込んだ。

転職直後は本当に大変だった。自分自身はBPRやPMOが中心だったので、M&A戦略を中心とした事業戦略領域やM&A自体のケイパビリティを獲得するには3年程度かかった。また、自分が外様みたいな立場だったので、精神的にも辛かった数年間だった。

身体の事

会社や仕事にも慣れてきて、精神的にも余裕が出てきたタイミングの時に、私は、両耳が“突発性難聴”になった。

いろいろ試したが、結局は、完治する事はなかった。難聴の最終的な対応は、耳の中にステロイドの注射を1日毎に計5回するのだが、その最後の注射が終わった後、医者、

化学的な対応は全てやりました。これから良くなるか、悪くなるか、このままなのかは、保証する事ができません。

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と言われた事は、今でも鮮明に覚えている。

今でもそうだが、私の両耳の聴力は低音を感知する事が極めて困難な状態である。大体、音としては3~4割程度しか聞く事ができず、ビジネスの世界だと、なんとなく何を話しているかが分かるので、6~7割程度の理解という状況だ。
駄話だが、仮説思考というが、私はコンビニ、タクシー支払いなども含め、ほぼ全てのコミュニケーションは仮説思考で会話をしている。

このブログを読んでいる読者の皆様は、忙しく働いている方が多いと思うが、“身体は一番重要な資本であるので、身体だけは大切にした方が良い”という事だけは強くお伝えしたい。
私も新卒から月曜から8時‐26時が基本、金曜夜は精一杯遊び、土日はどちらか働き、週1、2程度の徹夜はよくある事みたいな生活を送ってきた。また、筋の悪い案件が多かったので、精神的にも、何を言われても動じないタイプだった。
ただ、身体だけは正直なのである。精神的に大丈夫でも、身体が悲鳴を上げ、後で取り返しのつかない事になる事だけは避けて頂きたい。

キャリアの事

難聴になった時に、皆、口では優しい事を言う。だけど、私は自分からGiveUpを言えない性格だった事もあり、やらなければいけない仕事はふってきた。

医者に「化学的な対応を全て対応した」と言われた日がちょうどクリスマスだったのだが、大学病院、鍼やマッサージ等の他の治療もした後、夕方にオフィスに行き、仕事をしていたら、深夜になり、オフィスに1人だけになったあの日は、さすがに精神的にきつかった。
年明けもチームとして、難易度が高い案件を二つ並行でやる事になり、私のキャリアでも最もつらい3ゕ月だった。

その時に気付いたのだが、プロフェショナルファームで働く人間なんて、結局は自分の都合しか考えていない事だ。
私がPMをしなければ、回らないので、私がGiveUpをしない事を理由に、強制的に休ませるとかもなかった。私の事を本心から心配してくれる人なんていないという事、組織において創業者でもない限り”駒”である事を、理解はしていたが、心の底から実感した。
また、その時に”規模”の重要性も実感した。やはり、規模が小さいと代替案が限定されてしまう。プロフェショナルファームとは言え、従業員を守るという意味でも規模追求する事は極めて合理的な判断だと思う。

キャリアに関しては、プロフェショナルファームでの一つのゴールでもある”パートナー”になる事を諦めざるおえなくなった。この業界に長くいる方は分かると思うが、パートナーはやはり営業で案件を獲得する事が責務である。営業には、やはりコミュニケーションが極めて重要な要素となる。
会議や電話で自分が正しく聞こえない事にストレスを感じ、少し怯えながらコミュニケーションをしなければならないこの身体だと、さすがに厳しいと考えている。
また、スタートアップへ挑戦したい(特に、エンタープライズ向けのSaaS系で)気持ちもあったが、どうしても、私の事を知らない人達と仕事をする事に対する精神的負荷を考えると、躊躇してします。
聞こえてない事が、分かっていない事だと誤解されることが嫌だというプライドも邪魔しているだろう。

お金の事

パートナーになる事を諦めるとなると、組織に自分の工数を全てを投下して、昇進して稼ぐという事は賢いアプローチでないという事になる。

お金は目的ではないが、生活をする上では必要なモノだ。何よりも“お金”という呪縛から解放されたいのは皆、同じだろう。
お金は“時間”で稼ぐか、“お金”で稼ぐしかない。後者は資産運用や投資であるので、今回は省略する。
前者については、私は今まで組織に全投下であった。しかし、その組織への投下が虚無であり、自己満足の世界である事を気付いた。だけど、10数年染みついた習慣はそんなすぐに変える事はできず、今でも相対的には組織にほぼフル投下している。

そんな中、コロナ禍になり、時間的余裕ができたいので、とりあえず、ブログから初めてみて、ツイッター運用をしてみた。
結果、去年はアマゾンアフィリエイトで1万円程度を稼ぐことができた。生産性はめちゃくちゃ悪いが、0から1になった事は大きい事だと自分を慰めている。

副業でお金を稼ぐという事は考えさせられる。
自分は価値のあるものに”安くも高くもない対価”を獲得したいと考えている。また、広告型でも自分が推奨できないものを宣伝するつもりはない。この辺は、今後数年かけて、何をするのかを考えたい。
自分自身だけではできる事も限られるので、仲間と何か楽しく、価値のある事を実現し、正当な対価を得る仕組みを構築できるたらと考えている。

人生で大切な事

難聴になって、“人生は有限である”という事を強く意識するようになった。

極論を言うと、明日、人生が終わってしまう可能性もある。ならば、後悔のない人生、日々を送る事がとても大切になってくる。
自分自身はまだ結婚もしていないから、守らなければいけない存在もおらず、「何が自分にとって大切か?」という問いに対して、未だ自問自答している。
但し、行きたくもない飲み会や、歩調を合わせるだけのコミュニケーション等は最小限になるようになった。最初からその傾向になったが、自分の気持ちに素直な行動をするようになった。大切な友達と楽しい時間をきちんと作り、自分が楽しいと思える仕事をやるという考えがより強くなった。

最後に、読者の皆様には、
「人生の中でも大切な事の優先順位は決めておく」事を推奨する。
人生は何があるかわからない。その何かがあった時に指針となるものがあると、間違った行動をしないと思う。
私自身は一時期、自暴自棄になり、クールな生活とは言えない生活を数ゕ月程過ごしてしまった。これは、自分の人生にとって、何が大切かを考えてこなかったからだと思う。皆様には、何があった時に、自分のようにならないためにはも、頭の片隅にでも考えてもらえればと思っています。